<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>Masato Sekine Blog</title>
	<atom:link href="http://sekines.net/blog/?feed=rss2" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://sekines.net/blog</link>
	<description>Just another WordPress weblog</description>
	<lastBuildDate>Sat, 05 Feb 2011 03:23:42 +0000</lastBuildDate>
	<generator>http://wordpress.org/?v=2.8</generator>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
			<item>
		<title>道</title>
		<link>http://sekines.net/blog/?p=30</link>
		<comments>http://sekines.net/blog/?p=30#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 05 Feb 2011 03:23:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://sekines.net/blog/?p=30</guid>
		<description><![CDATA[　目指しているところを端的に言うと、「道」[ドウ]を創りたいという事なのだと思う。茶道とか華道とかの「道」。自分のクリエーションは、サイエン ティフィックな対象物を扱うが、純粋なサイエンスアート、エクスプロラトリアムの展示物かと考えると、やはり違和感が残る。ただ単に、「他者」としての自然を、外側から観察する、という態度ではないのだ。もっと、対象に自我が溶けて行ってしまう様な、そういった精神現象を引き起こす為のメディアとして、作品をつ くっている。唯物論的な視点で、発明品を作っているわけでも全くない。

　～道は、禅の思想から発展し、日常的な「些細な」対象と向き合う事から、実践を通して禅的な感性・知性を修得しようと言う方法論である。対象への認識の解像度をあげることを通じて、自己の認識の変容や、対象と自己との相互 作用によって生まれる精神現象への気付きを促し、認識の深化を促すシステマティックなメタ認知プログラムがデザインされている。
～道は、しつらえや、作法を非常に厳しく規定する。それは、その行為を行う事で、行為者の精神の流れを作り出す為である。ただ単に美味しい茶が飲めればよいという話 ではない。すでに、庭に入ったところから、庵にむかうそのわずかな道のりもまた、精神の流れに関わる、重要なデザイン対象なのである。

　自分も、実はこのような精神の流れのデザインを目指している。これまでサイエンティフィックな切り口でプレゼンテーションを行う事が多かったが、どうしてもいい得ていない部分が残り、むしろそれこそが自分のクリエーションの本質なのではないか、という思いを引きづり続けていた。周囲から得られるコメントも、ほぼこの隠れた部分に触れる事は無かったが、勘の鋭い人はやはり居るもので、ずばっと本質をつかれては、「実は、、、」という感じで、話が弾む事も稀にあっ た。その度に、やはり、自分にはこれしか出来ないし、これを追求すべきだ、という思いは強くなり、このごろではそれは確信へとかわって来た。

　僕が非常に大きな影響を受けた作家、James Turrellはこういっている。

First of all, I am not dealing with an object. The object is perception itself. Secondly, I am not dealing with an image, because I want to avoid any associative symbolic thought. Thirdly, I am not dealing with a special purpose or focal point, either. With no object, image, [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　目指しているところを端的に言うと、「道」[ドウ]を創りたいという事なのだと思う。茶道とか華道とかの「道」。自分のクリエーションは、サイエン ティフィックな対象物を扱うが、純粋なサイエンスアート、エクスプロラトリアムの展示物かと考えると、やはり違和感が残る。ただ単に、「他者」としての自然を、外側から観察する、という態度ではないのだ。もっと、対象に自我が溶けて行ってしまう様な、そういった精神現象を引き起こす為のメディアとして、作品をつ くっている。唯物論的な視点で、発明品を作っているわけでも全くない。</p>
<p>
　～道は、禅の思想から発展し、日常的な「些細な」対象と向き合う事から、実践を通して禅的な感性・知性を修得しようと言う方法論である。対象への認識の解像度をあげることを通じて、自己の認識の変容や、対象と自己との相互 作用によって生まれる精神現象への気付きを促し、認識の深化を促すシステマティックなメタ認知プログラムがデザインされている。<br />
～道は、しつらえや、作法を非常に厳しく規定する。それは、その行為を行う事で、行為者の精神の流れを作り出す為である。ただ単に美味しい茶が飲めればよいという話 ではない。すでに、庭に入ったところから、庵にむかうそのわずかな道のりもまた、精神の流れに関わる、重要なデザイン対象なのである。</p>
<p>
　自分も、実はこのような精神の流れのデザインを目指している。これまでサイエンティフィックな切り口でプレゼンテーションを行う事が多かったが、どうしてもいい得ていない部分が残り、むしろそれこそが自分のクリエーションの本質なのではないか、という思いを引きづり続けていた。周囲から得られるコメントも、ほぼこの隠れた部分に触れる事は無かったが、勘の鋭い人はやはり居るもので、ずばっと本質をつかれては、「実は、、、」という感じで、話が弾む事も稀にあっ た。その度に、やはり、自分にはこれしか出来ないし、これを追求すべきだ、という思いは強くなり、このごろではそれは確信へとかわって来た。</p>
<p>
　僕が非常に大きな影響を受けた作家、James Turrellはこういっている。</p>
<blockquote><p>
First of all, I am not dealing with an object. The object is perception itself. Secondly, I am not dealing with an image, because I want to avoid any associative symbolic thought. Thirdly, I am not dealing with a special purpose or focal point, either. With no object, image, or purpose, what are you looking at? You are looking at yourself looking.</p>
<p>By dealing with light we come into areas, where science and art, and the Western epistemological thought, and eastern sorts of Zen or Buddhist ideas are no longer incompatible opposites, but phenomena of complementarity.
</p></blockquote>
<p>
Turrellが打ち立てたのは、言わば「光道」とでも言うべきものであろう。神秘主義的な東洋思想の援用ではなく、西洋の認識論哲学と東洋思想とのcrossing pointに、新たな道を見出すという姿勢こそが、僕が彼から学んだ最も重要なものである。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://sekines.net/blog/?feed=rss2&amp;p=30</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>テクノロジーと差異と直観と</title>
		<link>http://sekines.net/blog/?p=26</link>
		<comments>http://sekines.net/blog/?p=26#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 07 Jun 2010 05:10:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://sekines.net/blog/?p=26</guid>
		<description><![CDATA[ベイトソンによれば、人間の認識は差異に基づく。
差異を求める為には、比較が必要である。

「制御」という古典的技法が人間の認識に齎した（隠れた？）功績は、認識対象における、自然の中での複雑な現れの要因となる幾重にも入り組んだパラメータの中から、対象を規定する主要なパラメータのみを浮き出させることを可能にしたところにある。環境パラメータを均一化し、主要パラメータを観察することで初めて、これまで隠れていた差異が表出する。実験科学の歴史は、常にこのようにテクノロジーによって現れる、新たな差異によって駆動していたのだった。
しかし、現代の科学では、この差異によって得られた情報の多くは数値解析に回される。「コンピューティング」は我々の身体から一旦切り離され、外部に委託される形で行われる。
僕がここで提示したいのは、直観という身体的コンピューティング能力の可能性である。かのポアンカレも、その直観というコンピューティング能力の可能性を信じた一人であった。
現代のテクノロジーの力を借りて整えられた舞台の上に立ち、改めて己の身体に秘められたこの力が、理を導きだす瞬間を実感して欲しい。そんな思いで作品を作り続けるのだ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ベイトソンによれば、人間の認識は差異に基づく。<br />
差異を求める為には、比較が必要である。</p>
<p><span id="more-26"></span></p>
<p>「制御」という古典的技法が人間の認識に齎した（隠れた？）功績は、認識対象における、自然の中での複雑な現れの要因となる幾重にも入り組んだパラメータの中から、対象を規定する主要なパラメータのみを浮き出させることを可能にしたところにある。環境パラメータを均一化し、主要パラメータを観察することで初めて、これまで隠れていた差異が表出する。実験科学の歴史は、常にこのようにテクノロジーによって現れる、新たな差異によって駆動していたのだった。</p>
<p>しかし、現代の科学では、この差異によって得られた情報の多くは数値解析に回される。「コンピューティング」は我々の身体から一旦切り離され、外部に委託される形で行われる。</p>
<p>僕がここで提示したいのは、直観という身体的コンピューティング能力の可能性である。かのポアンカレも、その直観というコンピューティング能力の可能性を信じた一人であった。</p>
<p>現代のテクノロジーの力を借りて整えられた舞台の上に立ち、改めて己の身体に秘められたこの力が、理を導きだす瞬間を実感して欲しい。そんな思いで作品を作り続けるのだ。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://sekines.net/blog/?feed=rss2&amp;p=26</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>memo::Form &amp; Force &amp; Time</title>
		<link>http://sekines.net/blog/?p=14</link>
		<comments>http://sekines.net/blog/?p=14#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 26 Sep 2009 08:14:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://sekines.net/blog/?p=14</guid>
		<description><![CDATA[Charles &#38; Ray Eames の映像作品、「Powers of Ten」は、視点の空間解像度を変化させて行くことで、そこに全く違った世界が現れることを端的に示す傑作としてあまりにも名高い。
もし、私たちの通常の視覚スケールが、電子顕微鏡レベルの解像度を持っていたとするならば、世界は全く違った方法で記述されているはずである。
これと同様に、私たちの時間スケールが、もし何万分の１、何万倍だとしたら、どうだろうか？

実は、Charles &#38; Ray Eamsesは「Powers of Time」という、もう一つの隠れた傑作を残している。これは、当時のテクノロジーではうまく映像化することが出来なかった故に、あまり広く知れ渡らなかったのかもしれないが、コンセプトのラディカルさからいうと、こちらのほうがより今日的なテーマを扱っているように思える。
たとえば、私たちは、煙は決まった形を持たない、と感じている。
しかし、もし、私たちの知覚のタイムスケールが数万分の１だったら、空中に放たれた煙は、ほとんど止まって見える。
これは今日、ハイスピードカメラの発明によって、間接的にではあるが、誰もが実感出来る事実である。
私たちが日常感じているリアリティは、一つはこのように、知覚のタイムスケールによって規定されている。
この知覚のタイムスケールを基盤に、モノのカタチの認識が成り立っているのだ。
私たちの知覚のタイムスケールが極度に短いものであれば、煙は彫刻になり、極度に長いものであれば、ダイヤモンドすら砂山のように崩れて行くだろう。
そのくらい、我々のリアリティというものは、知覚のタイムスケールに縛られているのだ。
現象知覚のタイムスケールを無制限に変更可能だとすれば、私たちが日常捉えているカタチの実存性、オブジェクトの区別は消え去ってしまう。
そこに本質的存在としてありありと現れるのは、エネルギーの挙動なのである。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>Charles &amp; Ray Eames の映像作品、「Powers of Ten」は、視点の空間解像度を変化させて行くことで、そこに全く違った世界が現れることを端的に示す傑作としてあまりにも名高い。</p>
<p>もし、私たちの通常の視覚スケールが、電子顕微鏡レベルの解像度を持っていたとするならば、世界は全く違った方法で記述されているはずである。</p>
<p>これと同様に、私たちの時間スケールが、もし何万分の１、何万倍だとしたら、どうだろうか？</p>
<p><span id="more-14"></span></p>
<p>実は、Charles &amp; Ray Eamsesは「Powers of Time」という、もう一つの隠れた傑作を残している。これは、当時のテクノロジーではうまく映像化することが出来なかった故に、あまり広く知れ渡らなかったのかもしれないが、コンセプトのラディカルさからいうと、こちらのほうがより今日的なテーマを扱っているように思える。</p>
<p>たとえば、私たちは、煙は決まった形を持たない、と感じている。<br />
しかし、もし、私たちの知覚のタイムスケールが数万分の１だったら、空中に放たれた煙は、ほとんど止まって見える。<br />
これは今日、ハイスピードカメラの発明によって、間接的にではあるが、誰もが実感出来る事実である。</p>
<p>私たちが日常感じているリアリティは、一つはこのように、知覚のタイムスケールによって規定されている。<br />
この知覚のタイムスケールを基盤に、モノのカタチの認識が成り立っているのだ。<br />
私たちの知覚のタイムスケールが極度に短いものであれば、煙は彫刻になり、極度に長いものであれば、ダイヤモンドすら砂山のように崩れて行くだろう。<br />
そのくらい、我々のリアリティというものは、知覚のタイムスケールに縛られているのだ。</p>
<p>現象知覚のタイムスケールを無制限に変更可能だとすれば、私たちが日常捉えているカタチの実存性、オブジェクトの区別は消え去ってしまう。<br />
そこに本質的存在としてありありと現れるのは、エネルギーの挙動なのである。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://sekines.net/blog/?feed=rss2&amp;p=14</wfw:commentRss>
		<slash:comments>2</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>マニフェスト</title>
		<link>http://sekines.net/blog/?p=3</link>
		<comments>http://sekines.net/blog/?p=3#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 25 Jun 2009 17:44:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://sekines.net/blog/?p=3</guid>
		<description><![CDATA[世の中、本当に色々な才能を持った人がいて、
色々な専門家が溢れていて、
そんな中で、自分は一体どんなユニークな価値を持っているのか。

ワンアンドオンリーな存在として、社会に価値を発信する為には、
避けて通れない問いだ。
自分はとても感覚的な人間だと思っている。
大抵のことは直感を信じて動く。

しかし、&#8221;感性&#8221;というものをブラックボックスにはしておかない。
それどころか、&#8221;論理&#8221;と&#8221;感性&#8221;は実はスケールは違えど、
基本的には同原理の代物だと考えている。
僕の思考原理は、あらゆるものを情報系＝計算機構として捉えることだ。
「コンピュテーション」という考え方だ。

&#8220;自然&#8221;というやつも素粒子とエネルギーとが莫大な計算を行った／行っている結果の姿だ。
人間の&#8221;感性&#8221;もまた、感覚器官から取り入れた刺激が電気信号に変換され、知覚系の処理を経て脳内でニューロンの発火パタンとなってあらわれた総体だ。
人間は、パタンとしてしかあらゆるものを認識出来ない。
僕が幼い頃、自然の中で感じたあの&#8221;聖（ひじり）&#8221;ともいうべき感覚もまた、光、音、風、水の冷たさ、こうした自然の表象が僕の感覚器官にパラレルアクセスして、認知システムがミクロ／マクロあらゆるパタンを超高速スキャンした結果なのだ。

だから、僕は&#8221;聖のパタン&#8221;をデザインしようとする。
我を忘れて、現象の中に溶けだしてしまうような、あの感覚を呼び起こす&#8221;パタン&#8221;を。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>世の中、本当に色々な才能を持った人がいて、<br />
色々な専門家が溢れていて、<br />
そんな中で、自分は一体どんなユニークな価値を持っているのか。</p>
<p><span id="more-3"></span></p>
<p>ワンアンドオンリーな存在として、社会に価値を発信する為には、<br />
避けて通れない問いだ。</p>
<p>自分はとても感覚的な人間だと思っている。<br />
大抵のことは直感を信じて動く。<br />
<br />
しかし、&#8221;感性&#8221;というものをブラックボックスにはしておかない。<br />
それどころか、&#8221;論理&#8221;と&#8221;感性&#8221;は実はスケールは違えど、<br />
基本的には同原理の代物だと考えている。<br />
僕の思考原理は、あらゆるものを情報系＝計算機構として捉えることだ。<br />
「コンピュテーション」という考え方だ。</p>
<p>
&#8220;自然&#8221;というやつも素粒子とエネルギーとが莫大な計算を行った／行っている結果の姿だ。<br />
人間の&#8221;感性&#8221;もまた、感覚器官から取り入れた刺激が電気信号に変換され、知覚系の処理を経て脳内でニューロンの発火パタンとなってあらわれた総体だ。<br />
人間は、パタンとしてしかあらゆるものを認識出来ない。</p>
<p>僕が幼い頃、自然の中で感じたあの&#8221;聖（ひじり）&#8221;ともいうべき感覚もまた、光、音、風、水の冷たさ、こうした自然の表象が僕の感覚器官にパラレルアクセスして、認知システムがミクロ／マクロあらゆるパタンを超高速スキャンした結果なのだ。</p>
<p>
だから、僕は&#8221;聖のパタン&#8221;をデザインしようとする。<br />
我を忘れて、現象の中に溶けだしてしまうような、あの感覚を呼び起こす&#8221;パタン&#8221;を。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://sekines.net/blog/?feed=rss2&amp;p=3</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

